無症候性頸動脈狭窄症:強化内科治療(IMM)にCAS/CEAを上乗せする価値はあるか?〜CREST-2の結果から〜
はじめに
脳卒中専門医であれば、長年その結論を待ち望んでいた臨床試験があります。
それがCREST-2(Carotid Revascularization and Medical Management for Asymptomatic Carotid Stenosis Trial)です。
1990年代〜2000年代のACASやACSTといった試験では、狭窄率が高度(70%以上)であれば、無症候でも手術(CEA/CAS)の方が予後が良いとされてきました。しかし、スタチンや降圧薬が進歩した現代においても、その外科的優位性は保たれているのでしょうか?
2025年11月21日、ついに NEJM に掲載されたこのランドマーク・スタディは、CASは有効性を示したが、CEAは有意差を示せなかったという、非常に興味深く、かつ実臨床での解釈に慎重さを要する結論を導き出しました。
今回は、現代の脳卒中予防戦略を決定づけるこの結果を、批判的吟味を交えて深掘りします。
論文とPICO
まずは、今回の臨床試験の骨格であるPICOを整理します。
ここでの重要なポイントは、CASとCEAがそれぞれ別個の並行試験としてIMM単独と比較されている点です。
P (Patient):70%以上の高度狭窄を有する無症候性頸動脈狭窄症の患者(直近で脳卒中やTIAを起こしていない症例)
I (Intervention):
① CAS試験: 頸動脈ステント留置術(CAS)+ IMM
② CEA試験: 頸動脈内膜剥離術(CEA)+ IMMC (Comparison):IMM単独(血行再建術なし)
O (Outcome):プライマリ:ランダム化〜44日までの全脳卒中・死亡 + その後4年間の同側虚血性脳卒中の複合
※IMM(Intensive Medical Management / 強化内科治療)とは:
単なる「投薬」ではありません。試験内では以下の目標達成が目指されました。
- 収縮期血圧 < 130 mmHg
- LDL-C < 70 mg/dL(スタチン+必要に応じてエゼチミブやPCSK9阻害薬)
- 厳格な糖尿病管理、禁煙指導、生活習慣介入
これは、現代におけるベスト・プラクティスとしての内科的治療です。
背景:なぜこの研究が必要だったのか?
血管が細いなら、広げたほうがいいに決まっている
直感的にはそう思うかもしれません。実際に過去のACAS試験などでは、外科手術が脳卒中リスクを半減させると報告されました。
しかし、ここで疫学的な視点(Secular Trend:経年的変化)が重要になります。
Poorthuisらのメタ解析等が示すように、強力なスタチンの登場や厳格な降圧管理により、内科治療群(Comparison)における脳卒中発生率自体が、劇的に低下しています(年率1%以下とも)。
「ベースラインのリスクが下がった現代において、周術期合併症のリスクを冒してまで手術をする意義があるのか?」
これを検証したのがCREST-2です。
結果:頸動脈ステント(CAS)と頸動脈内膜剥離術(CEA)で割れた明暗
ここが今回の最大のハイライトです。結果はCASは勝ち、CEAは引き分けという対照的なものとなりました。
頸動脈ステント留置術(CAS)試験:有意なリスク低下
- IMM単独群の4年イベント率:6.0%
- CAS + IMM群の4年イベント率:2.8%
- 絶対リスク減少(ARR):3.2% (P=0.02)
統計学的に有意差をもってCASの上乗せ効果が示されました。
ここから算出されるNNT(Number Needed to Treat)は約31です。つまり、約31人にCASを行えば、4年間で1人の脳卒中を防げるという計算になります。
頸動脈内膜剥離術(CEA)試験:有意差なし
- IMM単独群の4年イベント率:5.3%
- CEA + IMM群の4年イベント率:3.7%
- 絶対リスク減少(ARR):1.6% (P=0.24)
こちらは統計学的な有意差がつかず、CEAの上乗せ効果は証明されませんでした。
周術期(0-44日)のイベント発生が、IMM群(3件)に比べてCEA群(9件)で多かったことが、トータルの成績に影響している可能性があります。
結果の解釈と批判的吟味
この結果を臨床医としてどう読み解くべきでしょうか。専門医視点で3つのポイントを解説します。
NNT 31とハイボリュームセンターの意義
CASにおけるNNT 31は、決して悪い数字ではありませんが、劇的でもありません。現代は元の絶対リスクが低いため、得られるメリットの実数は小さくなります。
また、忘れてはならないのが、CREST-2は厳選されたハイボリュームセンターと熟練医による成績である、という点です。
実臨床で経験の浅い施設でCASを行えば、周術期リスクが上昇し、このNNT 31というベネフィットは容易に消失してしまいます。
CEAは全く効かないわけではない
CEA試験の結果は有意差なしでしたが、長期フォロー期間(周術期以降)だけを見れば、イベント発生率はCEA群の方が低い傾向にありました。
つまり、予防効果そのものはありそうだが、周術期リスク(心筋梗塞や脳神経麻痺含む)を含めると、トータルとしての優越性を示せなかったと解釈するのがフェアでしょう。
Intention-to-Treat (ITT) 解析のリアリティ
本研究はITT解析であり、手術待ちの間に脳卒中を起こした人などもカウントされています。これは実臨床でその治療方針を選択した場合の予後を反映しており、その条件下でCASが有意差を出したことは、現代の内科治療下でもなお適切な症例を選べばCASは有用という強いエビデンスになります。
臨床への実装:明日からの診療をどう変えるか
この結果を受けて、私たちは患者さんにどう説明し、どう動くべきでしょうか。
- まずは徹底的なIMMが大前提手術をするにせよしないにせよ、IMM(LDL-C <70、BP <130)は必須です。手術しない=経過観察ではありません。強力な内科治療を行うことこそが治療の柱ですと伝えましょう。
- CAS適応となるハイリスク無症候性内頸動脈狭窄の見極め:
NNT 31の効率を上げるためには、内科治療だけではイベントを起こしそうなハイリスク群を同定する必要があります。CASの上乗せベネフィットが期待できる層を選別する力が、専門医の腕の見せ所です。
<ハイリスク群>- プラークイメージング(MRIプラーク内出血など)
- TCDでの微小塞栓シグナル(MES)
- 脳血流予備能の低下
- CEAの適応はより慎重にCREST-2の結果単独で見れば、無症候例に対するCEAのルーチンな推奨は難しくなりました。CASが解剖学的に困難な症例(Type III archや著明な屈曲蛇行など)や、プラーク性状が極めて不安定な場合など、どうしてもCEAが必要な理由がある症例に絞って検討すべき時代になったと言えます。
Take Home Message
- 現代の強力な内科治療(IMM)下において、無症候性頸動脈狭窄症に対するCASの上乗せは、4年間で約3%の絶対リスク減少(NNT≒31)をもたらす。
- 一方、CEAの上乗せ効果は統計学的有意差を示さなかった。周術期リスクが長期的な予防効果を相殺している可能性がある。
- 狭窄がある=即手術紹介、の時代は終わり、全例でのIMM徹底と、CASのベネフィットが得られるハイリスク群の慎重な選別(および熟練施設での治療)が求められる。
参考文献
- Brott TG, Howard G, Lal BK, et al. Medical Management and Revascularization for Asymptomatic Carotid Stenosis. N Engl J Med.
PUBMED: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41269206/ - Halliday A, Mansfield A, Marro J, et al. Prevention of disabling and fatal strokes by successful carotid endarterectomy in patients without recent neurological symptoms: randomised controlled trial. Lancet. 2004;363(9420):1491-1502.
PUBMED: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15135594/ - Poorthuis MHF, Solomon Y, Herings RAR, et al. Temporal Trends and Determinants of Stroke Risk in Patients With Medically Treated Asymptomatic Carotid Stenosis. Stroke. 2023;54(7):1735-1749.
PUBMED: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37309688/
