潜因性脳梗塞(ESUS)は本当に心原性脳塞栓症(CE)より予後良好なのか? 〜BMC Neurology 2025の前向きコホートの結果から考える〜
はじめに
ESUSとCEの違いは本質的か?
日常診療で、心房細動(AF)などの塞栓源が見つからない脳塞栓症=ESUS(Embolic Stroke of Undetermined Source)に遭遇したとき、治療方針に悩むことはありませんか?
まだ見つかっていないだけのAF(occult AF)だろうと考えて抗凝固療法を検討したくもなりますが、NAVIGATE ESUSやRE-SPECT ESUSといった大規模臨床試験では、DOAC(直接作用型経口抗凝固薬)の優越性は示されませんでした。
果たしてESUSは、CE(心原性脳塞栓症)の単なる軽症版なのか? それとも全く別の病態なのか?
この疑問に対し、2025年12月に BMC Neurology に掲載された最新の前向きコホート研究が、一つの答えを提示してくれています。
今回はこの論文を深掘りし、ESUSの本当の予後について解説します。
PICO:研究の骨組み
まずは、論文の構造をPICOで整理します。
- P (Patient):
- 急性虚血性脳卒中患者(連続登録された714例のうち、TIAを除外した529例)
- I (Exposure):
- ESUS(潜因性脳梗塞)と診断された群 ($n=98$)
- C (Comparison):
- CE/CES(高リスク心原性塞栓源を有する心原性脳塞栓症)群 ($n=209$)
- O (Outcome):
- 入院時・退院時のNIHSS(初期重症度)
- 退院時・30日・12か月後のmRS(機能予後)
- 院内死亡率および12か月累積死亡率
Note: 本研究の主要アウトカムは重症度と機能予後・死亡であり、再発率は主要評価項目ではない点に注意が必要です。
結果:ESUSはCEより一貫して予後良好だが、軽症だから安心ではない
初期の重症度:ESUSの方が明らかに軽い
入院時のNIHSSスコア(中央値や平均値)を比較すると、ESUS群はCE群に比べて有意に低い結果でした(p < 0.001)。
- ESUS: 平均 6点 (95% CI 5–7)
- CE: 平均 11点 (95% CI 10–12)
CEは主幹動脈閉塞(LVO)をきたしやすく、発症時から重篤になりやすい一方、ESUSは比較的小さな皮質梗塞や多発小梗塞が多いという、我々の臨床実感と合致する結果です。
長期予後:CEより良好だが、絶対値としてのリスクは残る
ここが重要なポイントです。退院時から12か月後までの全ての時点において、ESUS群はCE群よりも有意に機能予後が良く、死亡率も低いことが示されました。
| アウトカム | ESUS群 | CE群 |
| 退院時 mRS 0-2 (自立) | 68% | 34% |
| 12か月時 mRS 0-2 (自立) | 60% | 28% |
| 12か月 累積死亡率 | 7.1% | 21.5% |
このデータだけを見ると、ESUSは予後が良いと結論づけたくなります。
しかし、絶対値に注目してください。
ESUS群であっても、1年後には約40%の患者が自立しておらず(mRS 3-6)、7.1%が死亡しています。
つまり、CEに比べればマシだが、決して放置してよいといえるほど予後良好な疾患ではないというのが、この論文からの正しいメッセージです。
研究デザインと統計手法のポイント
この論文を批判的吟味するためのポイントを解説します。
交絡因子(Confounding Factors)の調整
CEの方が予後が悪い、のはCE群に高齢者が多く、心不全などの併存疾患が多いからではないか?と考えるのは当然です。
本研究では、このバイアスを排除するために、年齢、性別、高血圧・糖尿病などの血管危険因子、AFの有無などを共変量とした多変量回帰分析を行っています。その上でなお、ESUSの方が予後良好であるという結果が維持されています。
論文を読む際は、単変量解析だけでなく、調整済みの結果を確認する癖をつけましょう。
競合リスク(Competing Risk)という視点
本研究では死亡そのものをアウトカムとしていますが、もし脳卒中の再発を見る場合は注意が必要です。
高齢のCE患者は、再発する前に死亡(心不全や癌など)してしまう可能性が高いため、通常のKaplan-Meier法では再発リスクを正しく評価できないことがあります。
今後、類似の研究(特に再発を主要評価項目とする場合)を読む際は、Fine-Grayモデルなどの競合リスクを考慮した解析がなされているかどうかも、質の高い研究を見極めるポイントになります。
AFの顕在化とImmortal Time Bias
ESUSとして追跡中にAFが見つかった場合、その症例をどう扱うかは解析上の難問です。
AFが見つかるまでの期間(Immortal time)や、診断変更後の扱い方によって結果が歪む可能性があります。本研究の結果を解釈する際も、AFが見つかった症例がどのように扱われているか(Baseline診断に基づくのか、時間依存性共変量として扱うのか)を意識することで、より深い理解が可能になります。
Take Home Message
- ESUSはCEと比較して、初期重症度も長期予後も一貫して良好である。
- しかし、ESUSでも1年後の死亡率は約7%、機能的自立率は60%に留まる。軽症だから安心、と言えるほど甘くはない。
- AFが見つかっていないだけのCEと決めつけず、持続的なリズムモニタリングを行いつつ、大動脈弓粥腫、悪性腫瘍、PFOなど、AF以外の塞栓源検索も怠らない姿勢が重要。
参考文献
- Boettger P, Sedighi J, Juenemann M, Buerke M, Omar OA. Cardioembolic stroke versus embolic stroke of undetermined source: early severity and long-term outcomes in a prospective cohort. BMC Neurol.
PUBMED: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41327082/
