片頭痛診療の10ステップ:診断から治療まで
はじめに
今回は、片頭痛診療のクオリティを一段階引き上げ、明日からの診療にそのまま使える型について解説します。
2021年に Nature Reviews Neurology 誌に掲載された、欧州の専門家パネルによるコンセンサス “10 Steps” をベースに、2026年時点での日本の保険診療と最新薬(CGRP関連薬・ゲパント)の事情を反映しました。
単なるガイドラインの羅列ではなく、疫学・統計学的な批判的吟味も交えて深掘りします。

エビデンスに基づいた片頭痛診療の10ステップを日本の臨床でどう実践するか?
Step 1 & 2: 疑いからスクリーニング、そして確定診断へ
- Step 1(疑い): 反復する中等度〜重度頭痛に加え、光過敏・音過敏、悪心・嘔吐があれば片頭痛を強く疑います。
- Step 2(スクリーニングと診断):
- ID-Migraine™: 以下の3項目のうち2項目以上陽性で感度0.81/特異度0.75。
- 悪心
- 光過敏
- 生活支障度
- 確定診断: 最終的には国際頭痛分類第3版(ICHD-3)を用います。
- ID-Migraine™: 以下の3項目のうち2項目以上陽性で感度0.81/特異度0.75。
🎓 EBMの視点:スクリーニングの限界
ID-Migraine™はあくまで拾い上げのツールです。一般外来のように有病率が低いセッティングでは、偽陽性も一定数生じます。必ずRed Flags、2次性頭痛の除外をセットで行いましょう。
Step 3 & 4: 急性期治療のアップデート
- Step 3: 片頭痛はコントロールを目指す疾患であることを共有します。
- Step 4: 以下の順で薬剤を選択・ステップアップします。
- NSAIDs
- トリプタン(無効時はNSAIDs併用や剤形変更)
- ジタン / ゲパント:ラスミジタンやリメゲパントを選択。
ℹ️ 最新情報:リメゲパント(ナルティーク®)の登場
日本では2025年9月19日に承認、12月16日に発売されました。
急性期治療と発症抑制(予防)の両方の適応を持つ、初めての薬剤になります。
Step 5: 日本における予防療法の実務的順序
日本の保険診療上、以下のステップが標準的です。
- 第1選択(経口薬): プロプラノロール、バルプロ酸、アミトリプチリン、ロメリジン等。
- 第2選択(抗体製剤・ゲパント): 各薬剤の最適使用推進ガイドライン(既存薬で効果不十分、かつ頭痛日数の要件等)を満たす場合に検討します。
⚠️ 臨床上の重要警告:プロプラノロールとリザトリプタン
日本の添付文書上、プロプラノロールとリザトリプタンの併用は禁忌です。米国等では5mgへの減量で運用されることもありますが、国内の実務・審査上は、剤形変更や他剤への切り替えが必須です。
Step 6: 特殊な集団 〜小児片頭痛のEBMと行動観察〜
小児の片頭痛は成人片頭痛のミニチュア版ではありません。
臨床像もエビデンスの質も大きく異なります。
- 臨床のポイント:
- 持続時間が短い: 2〜72時間(成人は4時間〜)と短いため、受診時には既に治まっていることが多いです。
- 両側性・前頭部: 片側性にこだわりすぎると見逃します。
- 行動で見抜く: ICHD-3でも認められている通り、光・音過敏を言葉で訴えない小児では「暗い部屋で寝たがる」「テレビやゲームを嫌がる」といった行動から推定します。
🎓 EBMの視点:小児領域における高いプラセボ反応の壁
小児片頭痛のRCTは、常に強烈なプラセボ効果という課題に直面しています。
多くの試験でプラセボ群の疼痛消失率が50%を超えることも珍しくなく、実薬の優越性を統計的に証明することが困難です。
これは介入という行為自体が小児の安心感に繋がりやすいためと考えられており、薬物療法を急ぐ前に生活指導やプラセボ効果を味方につけた共同意思決定(Shared decision making:SDM)が重要であることを示唆しています。
Step 7: 定量的評価 〜痛みを支障度へ変換する〜
最近どうですか?という漫然とした問いかけでは、治療の真の成果は見えません。
- 臨床のポイント:
- 頭痛ダイアリーは必須: 患者の記憶は直近の強い痛みにバイアス(想起バイアス)がかかります。客観的な頻度の把握にはダイアリーが不可欠です。
- 支障度スコアの活用:
- HIT-6: 過去4週間の生活支障度。60点以上は重症として予防療法の絶対的適応。
- MIDAS: 過去3ヶ月の欠勤・欠席日数等。長期的なQOL低下を評価。
- MIBS-4: 発作間の支障(次の発作への不安)を評価。
Step 8: 薬剤の使用過多による頭痛(MOH)の病態と因果
MOHは治療の結果、生じてしまった新たな病態であり、最も注意すべき落とし穴です。
- 臨床のポイント:
- 基準の再確認: 頭痛が月15日以上あることが前提で、トリプタン・エルゴタミン・複合薬(OTC医薬品など)は月10日以上、NSAIDs等は月15日以上の使用が3ヶ月続く状態です。
- 2026年時点の戦略: 以前はまず原因薬を止めるのが主流でしたが、現在は原因薬を制限しつつ、速やかに抗CGRP関連抗体薬などの強力な予防薬を導入することで、離脱症状を最小限に抑える戦略も推奨されています。
🎓 EBMの視点:因果の逆転
疫学的に薬を飲みすぎるからMOHになるという因果関係が信じられていますが、実は片頭痛の病態が慢性化・重症化した結果、薬を飲まざるを得なくなったという因果の逆転の側面も無視できません。
MOHを患者の不適切な薬の使用という自己責任に帰結させるのではなく、生物学的な重症化、すなわち中枢性感作の結果として捉え、強力な予防介入を行う妥当性がここにあります。
Step 9: 並存症を逆手に取った薬剤選択の妙
片頭痛患者は、肥満、うつ、不眠、高血圧などを高頻度に合併します。
以下のように併存症も考慮した薬剤選択を心がけます。
※ 一部の薬剤は本邦では保険適応外使用となります。
- 薬剤選択のポイント(例):
- うつ・不眠 + 片頭痛: 三環系抗うつ薬(アミトリプチリン)を選択。
- 高血圧・頻脈 + 片頭痛: β遮断薬(プロプラノロール)を選択。
- 肥満 + 片頭痛: トピラマート(体重減少効果を期待)を検討。
- てんかん + 片頭痛: バルプロ酸やトピラマート。
Step 10: 長期管理と地域連携
片頭痛診療のゴールは、専門医への通院を続けることではなく、患者が自分の頭痛をコントロールし、地域で生活することです。
- 臨床のポイント:
- 逆紹介のタイミング: 予防療法により発作頻度が50%以上減少し、その状態が6〜12ヶ月安定した時が、プライマリ・ケア医への逆紹介の好機です。
- 教育的連携: 逆紹介時には、再燃時の対応アルゴリズム(例:急性期薬や予防治療薬の使い方の指導)を添えた診療情報提供書を作成することが、連携の質を高めます。
Take Home Message
① 診断の二段構え:ID-Migraine™で広く拾い、ICHD-3で絞り込め。
小児では行動観察を診断基準の代替とし、成人はRed Flagsの除外を徹底する。
診断の精度が、その後の全ての戦略を決定します。
② 治療の最適化:層別治療(Stratified Care)を導入し、生活支障度で初手を選べ。
最初から動けないと訴える患者にNSAIDsで様子を見るのは遠回りです。
重症度によって、最初からトリプタンや新規機序薬(ラスミジタン・ゲパント)を投入し、中枢性感作を未然に防ぎましょう。
月2日以上の片頭痛発作がある場合には予防療法も躊躇せずに導入しましょう。
③ 多角的アプローチ:並存症を味方につけ、ゴールは地域への逆紹介に置け。
患者背景(うつ、肥満、血圧)に合わせた選薬で治療効率を最大化し、安定後は速やかにプライマリ・ケア医へ連携する出口戦略を描きましょう。
💡 よくある質問 (FAQ)
Q1. トリプタンが効かない場合はどうすればいいですか?
A1. まず服用のタイミングを確認します。頭痛の診療ガイドライン2021では、発作早期(発症より1時間以内)の服用が推奨されています。タイミングが適切でも無効な場合は、他のトリプタン製剤ならびに新規機序薬(ラスミジタン・ゲパント)への切り替えを検討します。
Q2. MOHをどう防げばいいですか?
A2. 予防薬(CGRP関連抗体薬やゲパントなど)を早期導入して発作回数そのものを減らすことが、急性期薬の使用過多を防ぐ最も効果的なアプローチです。
参考文献
- Eigenbrodt AK, et al. Diagnosis and management of migraine in ten steps. Nat Rev Neurol. 2021;17(8):501-514.
PUBMED: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34145431/ - 日本頭痛学会・日本神経学会・日本神経治療学会 監修.頭痛の診療ガイドライン2021.医学書院,2021.
読者の方へ
Step 10までお読みいただきありがとうございます。特にMOHの解釈や小児のプラセボ反応については、臨床医としての厚みが出る部分です。
ご自身の経験やこのステップが一番難しい!といった感想があれば、ぜひコメントでお聞かせください。
この記事が、日々の片頭痛診療の迷いを減らす一助になれば幸いです。
ご質問等はコメント欄へお寄せください。
