脳卒中

カナグリフロジンは選択的SGLT2阻害薬より脳卒中リスクが高い?

Neurolog管理人
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はじめに

📝 まず、忙しい臨床医のために結論を

CVD既往のない2型糖尿病患者(一次予防集団)を対象とした米国のTriNetX(EHR)データベース研究(後ろ向きコホート)において、Canagliflozin(SGLT1/SGLT2への活性を持つ)は、選択的SGLT2阻害薬(Dapagliflozin, Empagliflozinなど)と比較し、MACE(HR 1.23)および全死亡(HR 1.49)、特に出血性脳卒中(HR 1.35)のリスクが高い可能性が示されました。

ただし、これは傾向スコアマッチング施行後(各群 n=12,039)の結果ですが、観察研究であり「仮説生成的」な知見と捉えるべきです。

SGLT2阻害薬の「選択性」

さて、Sodium-glucose cotransporter 2 (SGLT2) 阻害薬は、心腎保護効果という強力なエビデンスを持ち、脳卒中診療においても重要な薬剤となっています。

しかし、「SGLT2阻害薬」と一口に言っても、薬剤ごとにSGLT1への阻害活性の強弱(選択性)が異なります。

Canagliflozin(カナグリフロジン)は臨床分類としてはSGLT2阻害薬ですが、SGLT1に対する選択性が相対的に低い(=SGLT1も一定程度阻害する)ことが知られています。

近年の総説では、SGLT2/SGLT1選択比の代表値は Empagliflozin ≈2,500:1、Dapagliflozin ≈1,200:1 であるのに対し、Canagliflozin ≈20:1 と報告されており、その違いは明確です。

ここで一つのClinical Questionが浮かびます。

「SGLT1も併せて(相対的に強く)阻害することは、選択的なSGLT2阻害薬と比較して、脳卒中を含む心血管リスクにどのような影響を与えるのでしょうか?」

この問いに取り組んだ、米国のTriNetX(EHR)データベースを用いた後ろ向きコホート研究をご紹介します。

Canagliflozin vs 選択的SGLT2阻害薬

まずは、本研究のPICOを整理します。

P (Patient): 2型糖尿病(T2DM)と診断され、心血管疾患(CVD)の既往がない(=一次予防)成人患者 (2016-2023年)
▷CVDの既往/TIA/脳卒中/末期腎不全などは除外

I (Intervention): Canagliflozin(SGLT1/SGLT2への活性あり)の新規投与

C (Comparison): 他の選択的SGLT2阻害薬(Dapagliflozin, Empagliflozin, Ertugliflozin)の新規投与

O (Outcome):

  • 主要評価項目: MACE (Major Adverse Cardiovascular Events: 心筋梗塞、脳卒中、または全死亡の複合)
  • 副次評価項目: MACEの各構成要素(虚血性脳卒中、出血性脳卒中、心筋梗塞、全死亡)など

研究デザイン:傾向スコアマッチング

この研究は、新薬承認のために行われるようなランダム化比較試験 (Randomized Controlled Trial; RCT) ではありません。

本研究のデザインは、後ろ向きコホート研究です。このような観察研究で薬剤の効果を比較する際、最大の敵は「交絡 (Confounding)」(両群の背景因子が偏ること)です。

そこで、本研究ではこの交絡を調整するために「傾向スコアマッチング (Propensity Score Matching; PSM)」を用いています。年齢、性別、腎機能、併存疾患、併用薬などから「Canagliflozinが処方される確率(傾向スコア)」を計算し、スコアが近い患者同士を両群から1対1(各群 n=12,039)でマッチングさせて比較しています。

結果:MACE、全死亡、そして出血性脳卒中

PSM施行後、Canagliflozin群と選択的SGLT2阻害薬群(計 約24,000名)が比較されました。

  • MACE (主要評価項目):Canagliflozin群で、リスクが有意に高かった。(Hazard Ratio [HR], 1.23; 95% Confidence Interval [CI], 1.14–1.33)
  • 全死亡:Canagliflozin群でリスクが有意に高かった。(HR, 1.49; 95% CI, 1.33–1.68)
  • 脳卒中関連:
    • 出血性脳卒中: Canagliflozin群でリスクが有意に高かった。(HR, 1.35; 95% CI, 1.02–1.79)
    • 虚血性脳卒中: 両群間で有意差なし。(HR, 1.09; 95% CI, 0.97–1.23)
  • 心筋梗塞 (MI):両群間で有意差なし。(HR, 1.10; 95% CI, 0.94–1.29)

結果解釈の留意点(研究の限界)

この結果は衝撃的ですが、即座に「Canagliflozinは危険」と結論づけることはできません。

本研究はデータベースを用いた観察研究であり、PSMで調整できるのは「データベースに記録されている(観測された)」交絡因子のみです。すなわち、服薬アドヒアランス、詳細な喫煙歴、社会経済的背景といった「未測定の交絡因子」が結果に影響している可能性は否定できません。

脳卒中専門医としての考察と臨床への含意

この「仮説生成的」な結果を、私たちはどう解釈すべきでしょうか。

  1. 注目すべき「出血性脳卒中」シグナル脳神経内科医として最も注目すべきは、出血性脳卒中リスクの上昇(HR 1.35)です。虚血性脳卒中リスクは変わらない一方、出血性脳卒中が有意に増加するというシグナルです。過去のCanagliflozinのRCT(CANVAS試験)でも早期に脳卒中の不均衡が議論された経緯がありますが、後続の解析(RCT全体)では脳卒中リスクの増加は確証されませんでした。今回の観察研究の結果が真実(因果関係)であると仮定した場合、脳出血のリスクが高い患者(例:コントロール不良の高血圧、多発性脳微小出血)へのSGLT2阻害薬選択において、SGLT1への選択性を考慮する意味が出てくるかもしれません。
  2. SGLT1阻害は諸刃の剣か?(Sotagliflozinとの比較)「SGLT1も阻害すれば、腸管からの糖吸収も抑えられて良いのでは?」と考えるのは自然です。実際、より強力なSGLT1/SGLT2デュアル阻害薬である Sotagliflozin は、心不全増悪で入院した高リスク患者(SOLOIST-WHF試験)や、腎機能低下を伴う高リスク患者(SCORED試験)において、心血管イベントを抑制することがRCTで示されています。特にSCORED試験の二次解析では、Sotagliflozinが全脳卒中(虚血性・出血性を問わず)のリスクを有意に 34% 低下させた(HR 0.66)と報告されています。今回の研究(一次予防、Canagliflozin)と、SCORED試験(高リスク集団、Sotagliflozin)とでは、対象集団も薬剤も異なるため単純比較はできませんが、SGLT1阻害の「方向性」が一様ではない可能性を示唆しており、非常に興味深い点です。
  3. 臨床への応用:本研究はあくまで「一次予防」集団を対象とした「観察研究」です。この結果をもって、現在Canagliflozinでコントロール良好な患者さんの処方を、安易に選択的SGLT2阻害薬に変更すべきだという結論にはなりません。ただし、もしCVD既往のない患者さん(一次予防)にSGLT2阻害薬を「新規導入」する場面で、出血性脳卒中のリスク(例:高血圧、抗血小板薬併用など)が特に懸念される場合には、薬剤のSGLT1/SGLT2選択性を考慮に入れて、より選択的な薬剤を選ぶ、という判断はあり得るかもしれません。あくまで暫定的な知見であり、個々の患者さんに応じた個別化判断が重要です。

Take Home Message

  • CVD既往のない2型糖尿病患者(一次予防集団)において、Canagliflozin(SGLT1/2活性)は、選択的SGLT2阻害薬(Dapagliflozin, Empagliflozin, Ertugliflozin)と比較し、MACE、全死亡、特に出血性脳卒中のリスクが高い可能性が、大規模な観察研究で示唆された。
  • この知見は「仮説生成的」であり、未測定の交絡によるバイアスの可能性があるため、因果関係を結論づけるものではない。
  • Sotagliflozin(デュアル阻害薬)が高リスク群で脳卒中を抑制したRCTもあり、SGLT1阻害の意義は複雑である。
  • この研究結果だけで既存の処方を変更する根拠にはならないが、新規導入時の薬剤選択において、出血リスクの高い症例では「選択性」を考慮する材料の一つになるかもしれない。

よくある質問(FAQ)

Q: Canagliflozinは “デュアル阻害薬” ではないのですか?

A: 良い質問です。Canagliflozinは臨床上「SGLT2阻害薬」に分類されます。しかし、他のSGLT2阻害薬と比較して、SGLT1に対する阻害活性が「相対的に強い」(選択性が低い、約20:1)ことが知られています。一方、SotagliflozinはSGLT1とSGLT2の両方を強力に阻害するよう設計された「デュアル阻害薬」として開発されました。

参考文献

  1. Kornelius E, Lo SC, Yang YS, Wang YH, Huang CN. Comparative cardiovascular risks of canagliflozin and selective SGLT2 inhibitors in type 2 diabetes. Front Pharmacol. 2025;16:1686851. Published 2025 Oct 20. doi:10.3389/fphar.2025.1686851
    PUBMED: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41190032/
  2. Neal B, Perkovic V, Mahaffey KW, et al. Canagliflozin and Cardiovascular and Renal Events in Type 2 Diabetes. N Engl J Med. 2017;377(7):644-657. doi:10.1056/NEJMoa1611925
    PUBMED: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28605608/

※本ブログは、私個人の責任で執筆されており、所属する組織の見解を代表するものではありません。

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About me
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神経内科専門医・脳卒中専門医
急性期市中病院で勤務する脳神経内科医です。 得意分野は脳卒中・頭痛です。神経内科専門医・脳卒中専門医で、頭痛専門医を目指して研鑽中です。mJOHNSNOW Fellow(2期)。 医学論文をわかりやすく解説し、明日から使える実践知を発信します。個別の医療相談にはお答えできかねます。本サイトの投稿は個人的見解です。
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