視神経脊髄炎の急性増悪にエクリズマブは有効か?エビデンスを分解
はじめに
視神経脊髄炎スペクトラム障害(Neuromyelitis Optica Spectrum Disorder: NMOSD)の急性増悪は、しばしば重篤な視力障害や脊髄障害を来たし、迅速かつ強力な治療介入が予後を左右します。
ここで補体C5阻害薬であるエクリズマブ(Eculizumab)の急性期投与は選択肢になるでしょうか?その作用機序(抗AQP4抗体による補体活性化の最終経路の阻害)を考えれば、理論上は有効かもしれません。
この点について、ごく最近(2025年)に発表された、非常に小規模ながら急性期投与の安全性と反応性を検討した論文 (Zhuang Q, et al.) を取り上げ、批判的に吟味してみたいと思います。
まずは適応:再発予防、急性期は保険適応外
本題に入る前に、最も重要な前提を確認します。
エクリズマブ(ソリリス®)は、PREVENT試験という質の高いランダム化比較試験(RCT)の結果に基づき、抗アクアポリン4(AQP4)抗体陽性NMOSDの「再発予防」において承認されています。
重要な点は、「急性増悪(Acute attack/relapse)」の治療薬としては承認されていない(=適応外使用)ということです。これは、急性期における有効性と安全性を検証した十分なエビデンス(特にRCT)が存在しないためです。
今の標準治療:IVMP→不十分なら早期PLEX
では、NMOSD急性増悪の実臨床での標準治療は何でしょうか。これは確立されています。
- 高用量ステイド静注療法 (IVMP)
- メチルプレドニゾロン (mPSL) 1g/日 を3日間〜5日間点滴静注します。
- 血漿交換 (PLEX / PE)
- IVMPの効果が不十分(あるいは初回から非常に重症)な場合に、早期に血漿交換(通常5回〜7回程度)を導入することが広く推奨されます。
早期PLEXのエビデンス概観
特に重症な増悪(例:歩行不能、著しい視力低下)においては、IVMP単独では回復が不十分なケースも多く経験されます。
複数の観察研究(後方視的研究)から、IVMPに反応しない場合に早期(例:5日以内)からPLEXを併用することで、IVMP単独よりも神経学的予後が改善する可能性が示唆されています 。
ステロイド抵抗性を待ってからPLEXを開始するよりも、早期導入の方が効果的である可能性が指摘されており、臨床判断の重要なポイントとなります。
少数例での急性期投与の報告
(Zhuang Q, et al. 2025)
今回紹介するのは、この標準治療(IVMP)に加え、急性期(発症30日以内)にエクリズマブを投与した症例のデータを解析した研究です。
PICO
- P (Patient): AQP4-IgG陽性NMOSDの急性増悪期(発症30日以内)の患者 (n=9)
- (視神経炎[ON] 7例, 横断性脊髄炎[LETM] 2例)
- I (Intervention): IVMP施行後、エクリズマブ (900 mgを毎週×4回) 投与
- C (Comparison): なし(単群試験)
- O (Outcome): 視機能(視力・視野)、筋力(MRC)、EDSS、バイオマーカー(sGFAP, sNfL)など(追跡8週間)
研究の概要
本研究は、前向きレジストリに登録されたデータを後ろ向きに解析 (retrospective analysis) した、オープンラベル・単群の研究です。
対象は、AQP4抗体陽性のNMOSD急性増悪患者9例(ON 7例, LETM 2例)で、全例がIVMPによる治療を受けた後にエクリズマブ(承認外使用)が投与されました。
主な結果(8週時点):
- 視神経炎 (ON, 7例): 7例中6例で視機能の顕著な改善が認められました。特に視野障害(視野MD値)は、ベースライン中央値 –22.4 dB から –2.0 dB へと統計学的有意に改善しました (p=0.008)。
- 脊髄炎 (LETM, 2例): 2例とも筋力の改善(例:MRC 0→3)を示しましたが、回復は緩徐でした。
- バイオマーカー: 血清GFAP (sGFAP) は投与2週で有意に低下しました (p=0.027)。
研究デザインの限界と解釈 🧐
この結果を見て、「NMOSD急性期にエクリズマブは有効だ!」と結論づけることはできません。
この研究デザインには、因果推論(エクリズマブが改善の原因であると結論づけること)を妨げる、以下のような重大な限界があります。
自然回復/遅発効果/観察者バイアス/交絡
- 極めて小規模 (n=9) かつ単群最大の限界です。比較対照群(エクリズマブを使わなかった群)がありません。したがって、観察された改善が以下のどれによるものか、全く区別がつきません。
- 自然回復 (Natural recovery): NMOSDのある程度の自然な回復過程。
- 先行治療(IVMP)の遅発効果: 先に投与されたステロイドパルスの効果が、時間差で現れただけかもしれません。
- オープンラベルによるバイアス患者も評価者(医師)も「エクリズマブが投与された」と知っているため、プラセボ効果や、観察者バイアス (Observer bias)(評価者が「効いてほしい」と期待し、評価を無意識に甘くつける)を排除できません。
- 後ろ向き解析と選択バイアス前向き登録データとはいえ、解析は後ろ向きです。どのような患者が「エクリズマブ投与」という判断に至ったのか(選択バイアス)が不明であり、結果の一般化は困難です。
この研究は、あくまで「急性期投与は可能かもしれない」という可能性を示唆する探索的なものに過ぎず、有効性を証明するものではありません。
有効性の確立には、ランダム化比較試験(RCT)が必須です。
安全性:髄膜炎菌ワクチンと残余リスク
エクリズマブのような補体(特にC5)阻害薬を使用する上で、絶対に忘れてはならないのが侵襲性髄膜炎菌感染症のリスクです。
補体系は髄膜炎菌に対する生体防御の「要」であり、ここをブロックするとリスクが劇的に上昇します。
一般的な原則:
- 髄膜炎菌ワクチン接種が必要。
- ワクチン接種のタイミング: 原則、初回投与の少なくとも2週間前までに接種を完了させます。
- 残余リスク: ワクチンを接種してもリスクはゼロにはなりません。投与中は常に髄膜炎菌感染症(発熱、頭痛、項部硬直)を警戒し、迅速な対応が必要です。
今回の研究 (Zhuang Q, et al. 2025) では:
- 侵襲性髄膜炎菌感染症は0例でした。
- ただし、全例で抗菌薬の予防内服が行われており(一部はワクチン接種が投与後になったため)、これが感染予防に寄与した可能性が高いです。
- その他の有害事象として、尿路感染症 (1例) や肺炎 (1例) が報告されています。
急性増悪の緊急時に「2週間前までにワクチン完了」という原則を満たすのは非現実的であり、抗菌薬予防内服を併用したとしても、そのリスクとベネフィット(有効性は未確立)を天秤にかける必要があります。
類似薬の動向:ラブリズマブ
最近(2024年)、エクリズマブと同じ補体C5阻害薬で、より半減期が長く投与間隔を延長したラブリズマブ(Ravulizumab; ユルトミリス®)も、抗AQP4抗体陽性NMOSDの「再発予防」薬として承認されました。
クラス効果(同じ作用機V序の薬剤は同様の効果を持つという仮説)が期待されますが、ラブリズマブも同様に急性増悪に対する有効性は未確立(承認外)であり、髄膜炎菌感染症のリスク管理も同様に必須です。
Take Home Message 🏠
- NMOSD急性増悪の標準治療は、まずはIVMP(ステロイドパルス)、反応不十分もしくは重症例では早期のPLEX(血漿交換)を考慮します。
- エクリズマブ(およびラブリズマブ)は「再発予防」薬であり、「急性増悪」の治療薬としては未承認(承認外)です。
- 最新の小規模な後方視的研究 (Zhuang Q, et al. 2025) では、IVMP後のエクリズマブ投与で視神経炎の改善が示唆されましたが、n=9の単群試験であり因果関係は不明です。
- 補体C5阻害薬の急性期使用は、有効性が未確立である一方で、髄膜炎菌感染症の重大なリスクを伴います。
- 今回の研究はあくまで探索的なものですが、今後のより適切な観察研究や、最終的にはランダム化比較試験(RCT)による介入研究で、急性期投与の真の因果関係が示されるとよいですね。
FAQ(よくある質問)
Q1. 急性増悪にエクリズマブを使う意義は?
A1. 理論上、補体活性化を止めるという機序上の合理性はありますが、臨床的な有効性・安全性は確立されていません。承認適応は「再発予防」のみです。急性増悪の標準治療は、まずはIVMP(ステロイドパルス)であり、効果不十分なら早期のPLEX(血漿交換)を検討します。
Q2. 髄膜炎菌ワクチンは何を、いつ打つ?
A2. 原則として、薬剤の初回投与の少なくとも2週間前までに接種を完了させます。緊急時は抗菌薬の予防内服を考慮しますが、ワクチン接種後や予防内服中もリスクは残存するため、厳重な経過観察が必要です。
Q3. IVMP反応不十分例での次の一手は?
A3. 早期(例:5日以内)の血漿交換(PLEX)の導入を強く推奨する専門家が多いです。特に重症例では、ステロイド単独よりも併用の方が予後が良い可能性が示唆されています。ただし、施設ごとのリソース(施行可能か)、患者さんの重症度や既往歴(例:カテーテル挿入困難、循環動態不安定など)を総合的に判断します。
参考文献
- Zhuang Q, Huang W, ZhangBao J, et al. Eculizumab for the acute attack of neuromyelitis optica spectrum disorder. Front Immunol. 2025;16:1645401. Published 2025 Sep 25. doi:10.3389/fimmu.2025.1645401
PUBMED: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41080586/
