観察研究はどこまで信じていい?——“ターゲットトライアル・エミュレーション(TTE)”で因果に近づく方法
はじめに
診療していると、日常のふとした疑問(Clinical Question)に出会います。
「この患者さん、脳梗塞の既往があるけど、スタチンを本当に入れるべきか?」
「新しいてんかん薬が出たけど、昔からあるあの薬と比べて、本当に重篤な副作用(例:不整脈)は増えないのか?」
こうした疑問に答えるため、私たちは日々論文を検索しますが、多くの場合、理想的なランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial; RCT)は存在しません。倫理的な問題やコスト、稀な有害事象の検出が困難であることなど、理由は様々です。
そこで頼りになるのが、電子カルテやレセプトデータ(保険請求データ)など、実臨床の大規模データ(Real-World Data; RWD)を用いた観察研究(Observational Study)です。しかし、観察研究の結果は「本当に因果関係を反映しているのか?」という疑問が常につきまといます。
今回は、従来の観察研究が持つバイアスを最小化・緩和し、よりRCTに近い形で因果関係を推論しようとする、実務的で再現しやすい設計フレーム「Target Trial Emulation(TTE)」について、Neurology 誌に掲載された最新の文献を中心に、その設計思想と読み解き方を解説します。
なぜ「Target Trial Emulation」が必要なのか?
従来の観察研究、例えば「スタチン使用群」と「非使用群」の脳卒中再発率を比較する後方視的コホート研究を考えてみましょう。
ここには様々なバイアスが潜んでいます。
- 交絡 (Confounding): そもそもスタチンを処方される群(介入群)は、処方されない群(対照群)と背景因子(年齢、併存疾患、重症度)が異なります。
- Immortal Time Bias (不死時間バイアス): 例えば、「スタチンを 開始後30日 以上継続した患者」を介入群とした場合、この群は「最低30日間は生存」できています。この「介入群が自動的に生存している期間」が immortal time (不死時間) と呼ばれ、バイアスを生みます。
- Prevalent User Bias (既存使用者バイアス): 研究開始時点ですでにスタチンを長期間使用している患者(Prevalent user)を含めると、「生き残り」バイアスがかかった集団を選んでいる可能性があります。
これらのバイアスは、時に治療効果を過大評価したり、有害事象を過小評価したりする原因となります。
TTEとは何か?:Neurology誌から学ぶ設計図
TTEは、こうしたバイアスを避けるため、「もし、この観察データを使って、理想的なRCT(Target Trial)を実施するとしたら、どうデザインするか?」という問いからスタートする研究デザインのフレームワークです。
Neurology 誌でも強調されているように、TTEの核心は、まず理想的なRCTのプロトコル(設計図)を明示的に定義することにあります。論文のMethodsセクションを読む際は、以下の主要な構成要素(教育的な覚え方としてETAFOCAと呼ばれることもあります※)が明確に定義されているかを確認することが重要です。
※ETAFOCAは便宜的な覚え方で、Neurology誌や教科書での正式略語ではありません。TTEの構成要素を覚えるための便宜的表現です。
- Eligibility criteria(適格基準):「誰を対象とするか?」RCTの組み入れ基準・除外基準に相当します。TTEで特に重要なのは、“New User Design”(新規使用者デザイン)を採用することです。つまり、研究の対象を「その薬剤を初めて使用する患者」に限定します。これにより、前述の Prevalent User Bias(既存使用者バイアス)を回避できます。
- Treatment strategies(治療戦略):「何を(介入)と何を(対照)比較するか?」比較する介入(例:薬剤Aの開始)と対照(例:薬剤Bの開始、または無治療)を明確に定義します。
- Assignment(割り付け):「いつ、どのように治療が割り付けられるか?」TTEの核となる部分です。
- “Time zero”(時間原点)の厳密な定義: これが「治療が割り付けられた瞬間」です。例えば、「薬剤AまたはBの 処方日 」をTime zeroと定義します。
- Immortal Time Bias の回避: Time zeroを明確に定義し、その瞬間から追跡を開始することで、「介入を受けるまでの生存期間」という immortal time (不死時間)が意図せず介入群に割り当てられることを防ぎます。
- Follow-up period(観察期間):「いつからいつまで観察するか?」追跡の開始(Time zeroから)と終了(例:イベント発生、観察打ち切り、研究終了日)の定義を明確にします。
- Outcome(アウトカム):「何を評価するか?」主要評価項目、副次評価項目(例:脳卒中再発、死亡)を明確に定義します。
- Causal contrast of interest(因果効果):「何を比較したいのか?」研究の「問い」を明確にします。
- Intention-to-Treat (ITT) 効果: 割り付け時点での比較(実臨床での脱落や服薬中断も含めた効果)
- Per-Protocol (PP) 効果: プロトコルを遵守した場合の比較(例:服薬を継続した場合の効果)
- Analysis plan(解析計画):「どのようにデータを解析するか?」上記のC(因果効果)を推定するための具体的な統計手法です。観察研究であるTTEでは、交絡(Confounder)が残存します。この交絡を調整し、「ランダム化」を模倣するために、傾向スコア (Propensity Score; PS) が一般的に用いられます。
- 逆確率重み付け (IPTW): 各患者が持つ「介入を受ける確率(=傾向スコア)」の逆数を重みとして用い、仮想的に交絡因子の分布が揃った集団(擬似集団)を作成して比較します。
- 傾向スコア (PS) マッチング: 傾向スコアが近い患者同士をペアにして比較します。バランス評価は変数別の標準化差(SMD/ASD)を提示し、一般に |ASD| < 0.1 を目安とします。実装上は、状況により逐次試験(sequential trials)やクローン化–打ち切り–重み付け(cloning–censoring–weighting)の枠組みが用いられることもあります。
脳神経内科での実装例とTTEの限界
TTEは、RCTの実施が困難な神経内科領域(脳卒中や神経変性疾患の長期予後など)において、今後ますます重要な研究手法となるでしょう。
実際、多発性硬化症(MS)のレジストリデータを用いて、TTEデザインで複数のRCTを模倣(再現を試みる)とした研究も報告されています。
しかし、TTEは万能ではありません。最大の限界は、RCTの「ランダム化」を完全には模倣できない点です。
- 未測定の交絡 (Unmeasured confounders): TTEは観察データを用いるため、データセットで測定されていない交絡因子(例:遺伝的素因、詳細な生活習慣)によるバイアスは、原理的に除去できません。
- E-value: この未測定の交絡が結果にどれほど影響を与えうるか、その頑健性を評価する補助的な指標としてE-valueなどが計算されることがあります。
Take Home Message
- 観察研究(RWD研究)は、バイアス(交絡、immortal time biasなど)に脆弱です。
- Target Trial Emulation (TTE) は、「もしRCTを行うなら?」という視点で研究デザインを厳密に定義し、観察データを用いてそれを「模倣」する設計フレームです。
- TTEの設計図は、理想的なRCTのプロトコル(適格基準, 治療戦略, 割り付け, 追跡, アウトカム, 因果コントラスト, 解析計画)を厳密に定義します。
- TTEは、New user design(適格基準)やTime zero(割り付け)の厳密な定義、傾向スコア(PS)を用いた交絡調整(解析計画)により、バイアスを最小化・緩和しようとします。
- TTEを用いても「未測定の交絡」は残存するため、結果は批判的に吟味する必要がありますが、従来の観察研究よりも因果関係の推論において信頼性が高い可能性があります。
参考文献
- Terman SW, Speiser JL, Eliasziw M, Kurth T, Schneider ALC. Target Trial Emulation: A Primer on Improving Observational Research in Neurology. Neurology. 2025;105(10):e214269. doi:10.1212/WNL.0000000000214269
PUBMED: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41151003/ - Suissa S. Immortal time bias in pharmaco-epidemiology. Am J Epidemiol. 2008;167(4):492-499. doi:10.1093/aje/kwm324
PUBMED: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18056625/ - Hernán MA, Robins JM. Using Big Data to Emulate a Target Trial When a Randomized Trial Is Not Available. Am J Epidemiol. 2016;183(8):758-764. doi:10.1093/aje/kwv254
PUBMED: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26994063/ - Gavoille A, Nourredine M, Rollot F, et al. Target trial emulation to replicate randomised clinical trials using registry data in multiple sclerosis. J Neurol Neurosurg Psychiatry. Published online September 4, 2025. doi:10.1136/jnnp-2025-336762
PUBMED: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40908119/
