片頭痛予防にカンデサルタンは有効?—大規模RCTの結果と国内での使い方
はじめに
脳神経内科外来では、片頭痛の患者さんに数多く出会います。
急性期治療だけでなく、発作の頻度や重症度を軽減するための予防療法は、患者さんの生活の質(QOL)を大きく左右する重要な治療介入です。
しかし、既存の予防薬は他の疾患に使われている薬剤が片頭痛にも効果があるという薬剤で片頭痛に特化した薬剤ではなく、作用機序もよくわかってません。効果が不十分であったり、効果発現まで時間がかかったり、眠気やふらつきなどの副作用で継続が難しかったりするケースも少なくなく、中断率も高いとされています。
近年、片頭痛の病態解明が進み、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)関連製剤という強力な選択肢が登場しましたが、薬価が高いという課題もあります。
そんな中、古くから降圧薬として使われている「カンデサルタン」の片頭痛予防効果を検証した、質の高い臨床試験の結果がLancet Neurology誌に掲載されました。
今回はこの論文を深掘りし、日常診療にどう活かせるかを考えていきましょう。
主要結果のまとめ
| 評価項目 | プラセボ (n=151) | カンデサルタン 8mg (n=150) | カンデサルタン 16mg (n=156) |
| 月間片頭痛日数の変化 | -0.82日 | -2.20日 | -2.04日 |
| 50%レスポンダー率 | 28% | 50% | 49% |
| めまいの発現率 | 13% | 28% | 30% |
| *数値は治療9-12週時点のデータに基づく |
研究のポイント
研究デザイン:なぜ信頼性が高いのか?
この研究は、ランダム化、三重盲検、プラセボ対照、並行群間比較試験という、非常に質の高いデザイン(内的妥当性が高い)で実施されています。
特に注目すべきは三重盲検 (Triple-blind) です。これは患者さん、治療を行う医療者、そしてデータを解析する統計家の誰もが、誰にどの薬が割り当てられたかを知らない状態にする方法です。これにより、期待などの思い込み(バイアス)が結果に影響するのを最大限に防いでおり、結果の客観性が極めて高いと言えます。
PICOの確認
- P (Patient): 18–64歳で、月に2~8回の片頭痛発作があり、平均頭痛日数が月15日未満の反復性片頭痛(EM)の成人患者。
- I (Intervention) / C (Comparison): カンデサルタン16mg/日または8mg/日、もしくはプラセボを12週間内服。
- O (Outcome): 治療開始後9~12週時点での、4週間あたりの平均片頭痛日数のベースラインからの変化。
解析方法にも注目:統計学的妥当性の担保
この試験のもう一つの強みは、その解析手法の厳密さです。
主要解析は、modified Intention-to-Treat(mITT)解析で行われています。
これは、ランダム化された参加者のうち「盲検下治療期間中にベースライン後の測定が1回でもあった」全てを解析に含める手法です 。実臨床では途中で服薬を中断する患者さんもいるため、このmITT解析はより現実世界に近い、保守的で信頼性の高い効果推定値を与えてくれます。
また、感度分析として「試験のルールを遵守した患者さんだけ」を対象とするPer-protocol(PP)解析も行われ、主要な結果はmITT解析と概ね同様であったと報告されています 。これは、本研究の結果が頑健(ロバスト)であることを強く支持します。
統計モデルとしては、各個人の日記による反復測定データの相関を適切に扱うため、混合効果モデルが用いられました 。これにより、個人差を考慮したより精緻な効果推定が可能となっています。
結果の詳細
主要評価:カンデサルタンは片頭痛を減らしたか?
はい、明確に減らしました。
治療開始後9–12週の時点で、カンデサルタン16mg群はプラセボ群と比較して、月間の片頭痛日数を1.22日多く減少させ、この差は統計学的にも有意でした 。
また、片頭痛日数が半分以下になった患者さんの割合(50%レスポンダー率)も、16mg群で49%と、プラセボ群の28%より有意に高い結果でした。
副次評価:8mgと16mgで効果に差はあったか?
カンデサルタン8mg群もプラセボに対して有意な片頭痛日数の減少(-2.20日)を示しました。
興味深いことに、16mg群と8mg群の効果を直接比較したところ、統計的な有意差は認められませんでした (p=0.50)。
ただし、この試験は2つの用量間の優越性や非劣性を検証するようには設計されていません。そのため、「8mgと16mgの効果は同等」と結論づけるのは時期尚早ですが、8mgでも十分な効果が期待できる可能性を示唆する重要な結果です。
臨床での活かし方:どの患者にどう使うか?
このエビデンスを日常診療に活かすためのポイントを整理します。
- メリット:
- 安価でアクセスしやすい: 薬価が安く、専門医でなくとも処方しやすいため、多くの患者さんにとって治療のハードルが下がります。
- 高血圧合併例に最適: 高血圧を合併する片頭痛患者さんには、降圧と片頭痛予防の両方が期待できます。本邦では高血圧症に対し12mg/日まで保険適用があるため、この範囲内での治療は非常に合理的な選択肢となります。
- 注意点:
- 効果発現のタイミング: 本研究の主要評価は治療9-12週で行われています。効果の時間推移は論文の図2に示されていますが、効果を判定するには少なくとも2〜3ヶ月は継続内服することが望ましいでしょう。
- めまいの副作用: 降圧作用に伴うめまい・立ちくらみには注意が必要です。特に血圧が正常〜低めの患者さんに導入する際は、少量から開始するなどの配慮が求められます。
よくある質問(FAQ)
Q1. 国内で使う場合、どの用量から始めるのが良いですか?
A1. この試験では8mgと16mgの有効性が示されましたが、本邦ではカンデサルタンの高血圧症に対する保険適用は1日1回4〜8mgで開始し、必要に応じて12mgまでと定められています。したがって、片頭痛を合併する高血圧患者さんに対しては、まず8mgで開始し、血圧のコントロール状況や忍容性を見ながら12mgまでの範囲で調整するのが現実的かつ推奨されるアプローチです。
Q2. 効果はどのくらいで実感できますか?
A2. この試験では治療開始後9-12週の時点で有効性を評価しています。効果発現には個人差がありますが、結果を急がず、まずは2-3ヶ月間しっかりと内服を継続して効果を見極めることが重要です。
Q3. めまいが出たときはどうすればよいですか?
A3. まずは急に立ち上がらないなど、立ちくらみに注意して過ごしてください。可能であれば血圧を測定し、普段より著しく低い場合は主治医に相談しましょう。症状が続く場合は、薬の減量や中止を検討する必要があるため、必ずかかりつけ医にご相談ください。
まとめと国内での使用にあたっての注意点
Take Home Message
- カンデサルタンは、反復性片頭痛の予防療法として有効かつ忍容性が良好である。
- 高血圧を合併する患者には特に良い適応で、国内の保険適用(最大12mg/日)の範囲で血圧に応じて8〜12mgで調整するのが妥当と考える。
- 効果判定には2-3ヶ月の継続が必要で、副作用としては「めまい」に注意する。
国内での使用にあたって
カンデサルタンはアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)であり、高血圧症、心不全、腎疾患に対して承認されています。今回の片頭痛予防効果は、既存薬の新たな可能性を探る「ドラッグ・リポジショニング」の文脈で評価されたものです。
本邦では、片頭痛予防に対する保険適用はありません(2025年10月現在)。
処方を検討する際には、この点を患者さんに十分に説明し、最新の医薬品添付文書を必ずご確認ください。
参考文献
Øie LR, Wergeland T, Salvesen Ø, et al. Candesartan versus placebo for migraine prevention in patients with episodic migraine: a randomised, triple-blind, placebo-controlled, phase 2 trial. Lancet Neurol. 2025;24(10):817-827. doi:10.1016/S1474-4422(25)00269-8
PUBMED: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40975098/
